工藤会トップ、野村悟に死刑判決 ~歴史を交えて解説~
2021年8月24日、福岡地裁は指定暴力団工藤会の総裁である野村悟被告に死刑、会長である田上文雄(本名:田上不美夫)被告に無期懲役をそれぞれ言い渡しました。大きな暴力団のナンバー1、2がこれほどの厳刑に処されるのは全国で初めての出来事です。
本日はそれぞれの被告の生い立ちと、工藤会とはどういった組織なのか、この裁判がどのような効果をもたらすのか、歴史的背景を交えて記事にしてみたいと思います。
暴対法と工藤会
工藤会は全国有数の大きな暴力団で、北九州を拠点にするヤクザたちです。その歴史は古く、元々は戦前に組織された博徒(いわゆるギャンブラー)の集まりでした。最初は工藤組という名称でした。
彼らは長らく『みかじめ料』や覚せい剤取引、特殊詐欺によって資金を稼いでいました。みかじめ料ってのは、よくあるおしぼりや観葉植物を納品する代わりに毎月100万受け取ったりするアレです。あとは新しいビルを建てる時に『イザコザを起こさないようにしてやる』って介入して何%か建築費を受け取ったり。
特筆すべき点として、工藤会は『カタギ(一般人)相手でも容赦しない』という特徴が挙げられます。ヤクザがカタギには迷惑をかけないというのは幻想で、ヤクザの主な収入源はもちろんカタギからなのですが、工藤会の場合は更にカタギの人間を銃撃したり店舗を破壊するなど直接的な攻撃を加えることで有名です。他の暴力団に比べるとその頻度や過激さがダントツなのです。
北九州では工藤会の手によってしょっちゅう拳銃や手りゅう弾を使った事件が起きており、ネットでは『修羅の国』と揶揄されるほど。
しかし1992年、彼らが段々勢力を伸ばす事態を重く見た日本政府は、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、略して暴対法を施行しました。この法律は暴力団の行動を制限し徹底的に排斥する為のものであり、解釈次第でいかようにも暴力団をやり込めることが出来ます。『暴力団は悪』と明確に定義したのです。
またこれと別に2004年頃から暴力団排除条例、略して暴排条例が各都道府県で制定され、暴力団に事務所を貸したり、彼らを雇ったりといった関係を持つことが一切禁止されました。
これにより現在の暴力団は弱体化の一途を辿っています。一時期は1200人近くいた工藤会の組員も、現在は約500人にまでその数を減らしました。末端の組員は収入がなくなり、自殺する者まで出ているそうです。有名なところでは島田紳助さんが暴力団関係者と交際していたことが原因で芸能界を引退したり、みずほ銀行が暴力団に融資していたことが発覚して首脳陣が退陣に追い込まれたニュースなどが有名ですね。
このように、現代の日本社会では暴力団はまさに腫物で、一度関係をもったらどんな企業でもアウト。社会的信用が地に堕ちてお取り潰しという構図が出来上がっており、彼らは社会の中で孤立しているワケです。ローンは組めませんし家も借りられません。銀行口座も持てません。皆さんも何らかの会社に入社する時、『ヤクザだったら無条件でクビを受け入れます』という誓約書を必ず書かされるはずです。
今回、死刑判決を受けた野村悟被告はそんな衰退の一途を辿っている工藤会の4代目会長、無期懲役判決を受けた田上文雄被告は5代目の会長になります。
裁判の争点
今回の裁判で裁かれているのは、以下の4つの事件です。
北九州元漁協組合長射殺事件
1998年2月18日午後7時ごろ、元脇之浦漁業協同組合の組合長の男性に対し、何者かが拳銃4発を発砲。死に至らしめました。警察の調べにより工藤会による犯行として、2002年に組長・田上文雄被告と実行犯を逮捕。実行犯2名はそれぞれ無期懲役と懲役20年に処されましたが、田上文雄被告だけは不起訴処分となりました。
それで事件が終わったかと思いきや、その後の2013年、兄と同じように北九州市漁業組合長に就任していた弟が射殺される事件が起きます。どんだけ恨みを持たれていたんでしょうねこの兄弟。警察が再度捜査を行い、今度は工藤会のトップだった野村悟被告が実行犯と共謀して関与したことが浮上し、2014年に逮捕します。また、 田上文雄被告も同時期に逮捕されます。
尚、野村悟被告はこの件について獄中で以下のように手記を残しています。
紫川事件の起こる13年前に、当時の工藤組幹部・草野高明親分の実弟を刺殺し、北九州で力道山の興行を打った山口組系のヤクザこそ、平成10年に射殺された元漁協組合長である。「善良なカタギを射殺した工藤會」のように報道されていることには違和感があるので、これだけは書いておきたい。
引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/Weeklyjn_20565/
元福岡県警警部銃撃事件
2012年4月19日朝、北九州市小倉南区の路上で、勤務先の病院に出勤するため歩いていた元警部がオートバイに乗った男性に左太ももと腰を銃撃され、重傷を負いました。この元警部は現役時代、工藤会の捜査を33年間担当していました。警察は2015年、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)などの疑いで、野村悟被告、田上文雄被告を含む計18人を逮捕し、11人が起訴されました。
原因については詳しく判明していませんが、元警部が2009年に工藤会元組員と会った時に野村悟被告を呼び捨てにし、「野村は(個人で)20億円持っている」などと非難した内容が録音され、それが野村悟被告に伝わったことで関係が悪化した可能性が指摘されています。また、会長宅が何度も家宅捜査をされたことに恨みを持っていた可能性もあるとのことです。
しかし、この件について犯行を指示したかどうかについて、田上文雄被告は以下のように否定しています。
――田上被告の指示がなければ、元警部を拳銃で襲撃する事件は起きることはないと検察は主張している
まったく逆だと思います。退職していても元警察官を襲撃すれば、警察は工藤会を一丸となってたたくと思います。そういうことがわかっていてするほど、私は愚かでもないし、バカでもありません。
――工藤会の組員が元警部を拳銃で襲撃しようとしていることを事前に知っていたか
いえ、知りません。
――もし計画を事前に知っていたら
そんなバカなことはやめろと止めています。
引用元:https://www.asahi.com/articles/ASN8N7312N8NTIPE028.html
看護師刺傷事件
2013年1月28日、福岡市博多区の路上で帰宅途中の女性看護師が頭や胸などを刺され負傷しました。この女性は美容整形を担当していて、野村悟被告から正規に依頼を受けて、顔や下腹部のレーザー脱毛と局部増大手術を担当していたそうです。
本人は襲撃の指示を否定していますが、術後の経過があまり良くなかったようでよく愚痴をこぼしていました。ぶっちゃけチ〇コが炎症を起こしていたそうです。また、術中に注射される際、「野村さんでも痛いんですか。刺青に比べたら痛くないでしょ」と看護師に言われ、「カチンと来た」と述べていることが裁判の記録で判明しています。
もし事実なら医療行為に対して逆恨みするという任侠も仁義もない事件になりますが、野村悟被告は「お世話になった看護師にそんなことする訳が無い」と容疑を否認しています。
――逮捕された時、警察や検察から工藤会組員の犯行と聞かされてどう思ったか
絶対にそれはないと思いました。
――いま現在はどう思っているか
工藤会の組員が関わっていたんやなと思っています。
――いま何かこの事件のきっかけで思い当たることは
深く考えたら、私が愚痴ったことが組員に伝わって変なふうになったんかなとも考えられます。
――愚痴を言った場面については
風呂上がりに脱衣所で着替える前に薬を塗ります。脱衣所には部屋住みの人間が4人くらいいる。看護師の顔を思い浮かべながら「あのオバハンが」とか言いながら(薬を)塗っていたと思います。
引用元:https://www.asahi.com/articles/ASN8P6RPKN8PTIPE01S.html
歯科医刺傷事件
2014年5月26日、北九州市若松区の駐車場にて歯科医師の男性が刺され重傷を負いました。この男性は1998年に銃撃されて殺害された漁業組合長の孫にあたる人物です。
事件の動機は工藤会が漁業の利権を狙って、組合長を継いでいた父親を脅迫する為に息子を襲撃した、と見られています。つまり工藤会はこの組合長の一家に対して、祖父とその弟を銃殺し、孫を刺傷したということになります。よっぽど組合長一家は工藤会の介入を拒んでいたのでしょうか。凄惨な話ですね。
実行犯の組員は既に懲役30年の実刑判決を受けており、服役中です。
今回の裁判が注目されている理由
日本有数の暴力団トップとナンバー2が厳刑を言い渡された今回の裁判。それだけでもインパクトは相当なものですが、今回特に注目されている部分は、両被告が犯行を指示した直接的な証拠が無いにも関わらず関与が認定されたというところです。(逆に言えばこれが今まで暴力団の強みだったワケですが)
以下は、裁判の判決文の要旨です。
【工藤会と被告】
野村被告は昭和61年ごろ、工藤連合の2次団体の組長となり、平成2年に工藤連合(二代目)が発足した際、田上被告を序列2位に抜擢(ばってき)した。23年に五代目工藤会が発足し、野村被告が総裁、田上被告が会長となり、序列が厳格に定められていた。
野村被告は最上位の扱いを受け、特別な存在としてみられ、工藤会内で実質的にも最上位の立場で、重要事項についての意思決定に関与していたと推認できる。重要事項に関し、執行部が両被告の意向を無視し、実行することは組織のありようから考え難い。
【元漁協組合長射殺】
事件は両被告が被害者一族の利権に重大な関心を抱き、交際を拒絶される中で起こった。動機が十分にあり、両被告の関与がなかったとは考えられず、共謀が認められる。弁護人は起訴は公訴権を乱用した極めて不当かつ違法なもので無効だと主張するが、失当だ。
【元福岡県警警部銃撃】
工藤会の最高幹部と直接会話できる数少ない捜査員だった被害者を襲撃するのは、工藤会にとって重大なリスクがあることは容易に想像でき、両被告に無断で起こすとは到底考えられない。
【看護師襲撃】
野村被告は被害者が勤める美容形成クリニックで受けた施術や対応に不満を抱いており、動機があった。他の組員に動機はなく、無断で実行した可能性はない。
【歯科医襲撃】
田上被告は港湾建設工事に影響力を有するとみられていた被害者一族の利権に注目し、被害者の父親に利権交際に応じるよう要求したが、父親は応じなかった。野村被告の関心事である利権介入に大きく関係し、多数の組員を組織的に動かす犯行を、田上被告が野村被告の関与なしに指示するとは到底考え難い。
引用元:https://www.sankei.com/article/20210825-AANKOVKAWZLFXLI7MWW4NDWZZQ/
これは地方裁判所の判決なので、この後は当然に高等裁判所、最高裁判所まで控訴が続くと予想されますが、もしこのまま刑が確定すれば前例となり、暴力団のトップを次々と死刑や無期懲役にすることが可能になるのです。裁判の判例は法律と同じくらいの影響力を持ちますからね。
野村悟被告の生い立ち
さて、今回死刑判決を受けた野村悟被告は一体どんな人物だったんでしょうか。工藤会の総裁としてトップに君臨していたのはもうご存じだと思いますが、簡単にご紹介したいと思います。
野村悟被告は1946年、北九州の小倉にて裕福な農家の6人兄弟の末っ子として生まれました。父親は大地主で、大層なお金持ちだったそうです。彼はちっちゃな頃から悪ガキで、10代で賭場に出入りし自動車泥棒などをしていたそうです。いわゆる不良ですね。
そして26歳の頃、のちに工藤会田中組二代目となる木村清純氏と知り合い、その舎弟となります。理由は博打をする上では暴力団に籍があった方が何かと都合がいいから、だったそうです。ヤクザになりたいというより、ギャンブルをずっと続けたいという気持ちの方が強かったようですね。つまり、生まれつき家庭がヤクザだったのではなく、自ら進んでヤクザの仲間入りをしたということです。
その後、親が死去したことにより7億円という莫大な資産を継承。(てか6人兄弟の末っ子で7億円って、ほんとどんだけ金持ちだったんでしょうね)また、博打でも合計20億円ほど儲けていたそうです。彼はその溢れかえる潤沢な資金を武器にしてのし上がって行き、工藤会の4代目組長に就任します。
以下は彼の獄中記からの引用です。
「そんな裕福な家庭に育ったのに、なぜヤクザに?」
たまに聞かれることではあるが、なぜ私がヤクザになったのかは、私にもわからない。しいて言えば「性分」なのだろう。だいぶ前に若い者がカラオケで尾崎豊の歌を歌うのを聞いたことがあったが、それに「自分がグレたのは性分」という歌詞があり、耳に残った。尾崎は「グレる」ということを、芯からわかっているなと思った。グレるとは、まさに「性分」としか言いようがないのだ。
もっとも、小倉という街の空気もあるだろう。私が子どもの頃は戦後の混乱期でもあり、まだ炭鉱労働者や沖仲仕もたくさんいて、それはにぎやかで熱気があった。ガラが悪いともいえるが、八幡製鉄所から続く北九州工業地帯も高度成長を支えることになる。
もちろん、戦争で親を亡くしたりした貧しい子どもたちもたくさんいた。工藤會のメンバーも、故・溝下秀男御大をはじめとして、大半は貧困家庭の出身である。こうした子どもたちが食っていくために何でもやるのは、いたしかたないことでもあった。
北九州では、悪ガキやいたずらすることを「ワルソウ」という。漢字にすれば「悪僧」となるが、私は子どもの頃からこのワルソウたちを集めては悪さを繰り返し、揚げ句の果てに少年院に放り込まれて中学校の卒業式にも出られなかった。いいお坊っちゃんが何をしとるか、と呆れられるかもしれないが、私はこれこそが生粋の極道だと思う。
不良になるのに理由などいらないし、高校や大学に行っているようでは、ヤクザとして中途半端でいけない。もっとも、私が盃をもらうことになる木村清純氏(のちの工藤会田中組二代目)は大学を出た。何にでも例外はあるということだ。
引用元:https://news.livedoor.com/article/detail/17300152/?p=3
田上文雄被告の生い立ち
田上文雄被告は野村悟被告と異なり、経歴の詳細は一般に出回っていません。そもそも本名も『田上不美夫』だそうですがそのまま字面を読むと『美しくない男』となります。元々は文雄という名前でしたが自ら改名したそうで…なんでそんな名前にしたかよくわかりませんね。
彼は過去に他人名義の保険証や住民票を手に入れ、携帯電話等を騙し取る詐欺事件に関わった疑惑が持たれています。また、娘がいることが判明していますが、姓が異なるらしいです。
何かあってもアシが付かないよう、あえて自分の経歴を隠して生きてきた人物なのかもしれません。出身やヤクザになった経緯、家族構成が謎のヴェールに包まれた人物です。
工藤会の今後
はてさて、トップとそのナンバー2という両頭を切り落とされた工藤会。今後はどうなっていくのでしょうか。死刑判決が出た直後、野村悟被告は裁判官に「生涯後悔するぞ」と言い放ったそうです。もしかすると警察との全面戦争の幕開けとなるかもしれませんね。
自分の経験の話になりますが、『暴力団は必要悪』なんて意見は私は違うと思います。昔、川崎に住んでてソレ関係の人が結構身近にいましたが、刺青を入れたおじいちゃんが銭湯で番頭に怒鳴ったり、着流しを来たコワモテの兄ちゃんが定食屋で堂々と無銭飲食をするのを見て来まして、どうしても『カタギに迷惑をかけない任侠』なんてのはピンと来ないからです。
※川崎は工藤会とは別の暴力団でしょうけど。
『実話ナックルズ』の記事によれば最近はマンガの影響でヤクザに憧れて近づく女性が増えているとか。しかし薬漬けにされて風俗に堕とされるのが関の山らしい。
引用元:Amazon
また、最近では暴力団に所属することなく違法行為を働く連中、いわゆる半グレ集団との癒着も問題視されています。半グレは振り込め詐欺や違法ドラッグの売買で生計を立てている人々です。少し前に、お笑い芸人の宮迫博之が半グレ相手に闇営業をしていたニュースが話題になりましたね。
暴力団は新しい組員をあえて登録せず、半グレの傘下に置くことで暴対法を逃れようとするケースもあるとか。実際、半グレの違法行為は暴力団が起こしたものと比較して量刑は圧倒的に有利です。執行猶予がつくケースもあります。このように、暴力団と半グレがシノギの共存関係を持つことで間接的に犯罪の温床となっているのです。
私たちもいつどこで犯罪に巻き込まれるか分かりません。安心して暮らせる住みよい環境になるといいですね。
上告後の判決が引き続き気になるところだわさ
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