プロフィール

2019年7月11日

イルルヤンカシュ

都内在住のおじさん。オンラインゲームからボードゲームまでありとあらゆるゲームが大好き。
ヒマが24時間続くと死ぬ。『166news』はイルルニュースって読んでね!

とりあえずこのページを見て頂いているということは多少イルルに興味を持ってくれたということだと思うので、イルルの半生でも面白おかしく書いてみたいと思います。

イルルの生い立ち

幼少期

昭和の時代、神奈川県の衣笠あたりに生まれる。
当時は父親がそれなりの仕事をしていて、裕福な家庭だった。
母はずっと専業主婦で、毎日家で構ってくれた。
父親と祖母がちょっと古い考え方の人で、絶対に跡継ぎ(男の子)が欲しいという圧力の中で母が産んだ男児だったので、大変に可愛がられた。
服もミキハウスだししょっちゅう外食していたのを覚えている。
今思い返せばまさにバブル景気のさなかだったんだと思う。
ほとんど物心ついていなかったが、幸せな日々だった。

父と息子

この頃の記憶はあんまりないけど、父親がゲーム好きで、家にボードゲームがたくさんあった。
中には手塚治虫がパッケージを描いてるのもあって、今でも取っておけば相当貴重だっただろうなぁ。(確かバンパイアゲームとか何とかって名前のゲームだった)
多分、イルルのボードゲーム好きは幼少期の家族でボードゲームした楽しい記憶から来てるんだと思う。
お気に入りのオモチャは『トランスフォーマー』だった。
トイ・ストーリーのウッディみたいに大事にしていた思い出。
3歳まで衣笠周辺で暮らすが、父親の仕事の都合で名古屋市内に転勤する。

小学生

名古屋の小学校に入学するが、県内でもかなり評判の悪いところで、まあひどかった。
当時はまだ教師が子供を殴るなんて当たり前で、よく泣かされていた。
(教師も体罰について忌避感を持ち合わせてない時代であった)
給食も全然美味しくなくて、元から偏食家だったが更に加速した。
学校のクレイジーだったところをいくつか覚えている。

  • トイレに紙がない(トイレットペーパーを設置すると子供がいたずらするからという理由で撤去)
  • 女子にすら体罰を日常的に行う男の教師が『熱血先生』として持て囃されていた。
    その教師は”功績”が認められてどこかの学校の教頭として転勤していった。
  • 体育の時間は水を飲んじゃダメ。真夏でもダメ。
  • クラブ活動中はトイレに行くの禁止。理由は不明。
犬と少年

この頃、ファミコンとスーパーファミコンを買ってもらう。
『ゼルダの伝説』や『ドラゴンクエスト』、『ファイナルファンタジー』などを遊び、ゲーマーになる。
子供がてら駄菓子屋のゲームセンターとかでもよく『ストリートファイター2』や『ファイナルファイト』とかを遊んでた思い出がある。
あと、今の時代だと信じがたいかもしれないが近所の公園に犬が捨てられていて、しばらく地域の人で面倒見てたんだけど、ある日父親が拾って来てうちの犬になった。
名前は『ドック』と安直だが、白い犬でとても可愛かった。もっと散歩に連れて行ってやれば良かったな。
名古屋はその他にも、今思うとかなり治安の悪いところだった。
ある日、ふとん屋を営んでいた家の友達が学校に来なくなり、親に理由を聞いたら『一家で夜逃げした』とのこと。
当時は夜逃げの意味が分からなかったけど、まぁそういう感じだった。
自転車の盗難なんてしょっちゅう発生してたし、団地住まいの友達にゲームを貸したら返って来ない。
青信号を普通に渡ってたら信号無視のタクシーに撥ねられて、三箇所複雑骨折したこともあった。
かなり修羅の街だったなぁという印象。
更にこの頃、バブル崩壊を受け、株投資で資産形成していた我が家もモロに煽りを食らう。
後から父親に話を聞いたら、この頃に2000万円くらい貯金が消えたらしい。
いわゆる没落貴族と化す。

中学生

父親の仕事の都合でまた神奈川に転勤。
この頃から勉強についていけなくなる。特に算数と体育が苦手だった。
中学一年生の時、『名古屋弁が変』っていう理由でものすごい苛められた。
けど子供なんて単純なもんで、一年耐えてクラス替えになったらいじめっ子とも離れて解決。
神奈川では海沿いの地域で、よく夏休みに海で泳いだ記憶があり、今でも海水浴は大好き。
中学二年生の時に成長期の全盛期を迎え、身長が10cm伸びる。
中学を卒業する頃には身長180cmになってるが、運動しないのでヒョロガリである。

太陽と少年

この頃、元々父親もゲーム好きだったので、プレイステーションやらセガサターンが家にやってくる。
ゲームボーイの『ポケットモンスター』もリアルタイムで遊ぶ。
また、オンラインゲームの黎明期であり、パソコンで『ディアブロ』を遊んだ思い出がある。
当時はまだ英語版しかなく、外人にPKされながらも頑張って遊んでた。

アニメも大好きで、ちょうど『エヴァンゲリオン』なんかがやってた頃。
部屋に美少女キャラのポスターをバリバリ貼ってガチのアニオタと化す。
毎日なんかしらアニメを見て、キャラグッズを手に入れては喜んでた記憶。

思春期真っ盛りで、急に女の子に話しかけるのがなんだか恥ずかしくなり始める。
相変わらず勉強にはついていけないまま、成績オール2に近い状態で卒業。
この頃、父親が社長と喧嘩して仕事を辞め、退職金2000万を元手に新聞屋を自営で始める。
段々、家が貧乏になってくる。
また、中学三年生の頃、愛犬だったドックが死んでしまう。
最初は「フーン」って感じで、2,3日経ってから急に悲しさが襲ってきたのをよく覚えている。

高校生

成績が悪かったので、担任のススメで神奈川県で下から3番目の偏差値の公立学校へ進学。
いわゆる不良校で、底辺ばっかり集まるところだった。
黒髪はダサい、授業を真面目に受けるのもダサい、悪いことするのがカッコイイ、って感じ。
しかし迎合しなければ”クラス”という世界では生きていけず、イルルも不良に染まる。
ピアスを空けたり授業をサボったり。まあ元々サボり性だったが。
不良って言っても、オラついててそんなカッコイイイメージの不良じゃなく、授業サボってゲーセンに行くだけみたいな陰キャ的な不良。教師からすると最悪の存在だったであろう。
自宅で家族と話をするのが嫌で、友達の家を泊まり歩いて帰ったり帰らなかったりになる。

この頃にドリームキャストのオンラインゲーム『ファンタシースターオンライン』(PSO)に出会う。
初めての和製オンラインゲームは大変面白くてドハマりする。
PSOに出会ってからは逆に自宅に引きこもって毎日プレイするようになった。
当時は常時接続のインターネットは存在せず、いわゆるテレホーダイを利用するのが一般的だったので、活動時間は主に夜中。
詳しくは覚えてないが、メインキャラだけでプレイ時間は2000時間を超えており、その他にもサブキャラが7人いたので、ほんと寝るか、食うか、PSOするかってくらいやってたと思う。

更に並行して、PSO内で知り合った人のススメで、パソコンゲームの『クロスゲート』をやり始める。今の時代なら学生でも作れそうなレベルのショボいグラフィックのゲームだが、こっちもめちゃくちゃハマった。
今でも当時のメンバーとはツイッターなどを通じて繋がりがある。
アニメよりゲームの方が面白くて、アニオタは卒業。

オンラインゲームのやり過ぎとサボり過ぎで、高校二年生の時に留年してしまう。
特に学校で勉強する意味も感じられなかったので、学校を辞めて働きたいと親に言うが、全力で止められて仕方なく学校に通う。
元々陰キャだった上に高校生にとって”一歳差”の壁は大きく、学校で誰とも話さない日々が続く。
(不良校だったので、毎年20人くらい留年者はいたが、99%学校を辞めるのが常だった)
友達も彼女もおらず、オンラインゲームだけが心の拠り所だった。
恥ずかしい話だが、オンラインゲームに人生救われてたと思う。

大学生

高校に4年間通って卒業し、特にやりたいこともないので大学を受験する。
意識がかなり低かったので、未だに推薦とかよくシステムが分かってないが、とにかく推薦入試だった。
もちろん受かる見込みがあるのなんてFラン大学だけ。勉強はほとんどしなかったが、合格。
正直『誰でも受かるような大学』だったと思う。一般的な感覚では。
しかし三年生が200人くらい居るのに四年制大学進学率0%の年をしょっちゅう叩き出すような底辺高校出身だったので、それでもイルルの大学合格は奇跡だった。
当時の担任が泣いて喜んでくれたのをよく覚えている。
この高校の歴史は16年ほどしか続かなかったので、留年して大学に行った生徒はイルルで最初で最後になった。

大学では興味のあった心理学科に進む。
この4年間は本当に素晴らしかった。一番輝いていた頃だと思う。
18歳で神奈川の実家を出て東京で一人暮らしを始め、一人で何でもやり放題。
ホームシックはほとんどなかった。まさにフリーダム。
友達を家に連日泊めてゲームしたり、初めてちゃんと出来た彼女と毎日イチャイチャしたり。
大学の勉強もそれまでの『暗記するだけ』とは全く異なる『学問』であり、興味のある分野の勉強だけすればいいので、大変面白かった。(それでもしょっちゅうサボってたけど)
ヒマな時間がたくさんあったので、ホームページを作ってみたり、フラッシュを作ってみたり、パソコン技術にも少しづつ興味を持ち始める。

高校の時に孤独だったのが寂しかったので、大学ではたくさんの委員会活動やサークルに入り、一気に陰キャから陽キャと化す。Fランとはいえ友達もイルルより頭のいい人ばかりで、話していて楽しいし、色々刺激になった。
一緒にお酒を飲んだり、海に行ったり、遊園地に行ったり、時には喧嘩したり。
青春真っ盛りだったなと思う。

しかしこの頃から父親の自営業が失敗し、本格的に貧乏になる。
そもそも、携帯電話の普及率が上がりITメディア化の波が来ている時代に新聞屋を始めるってのは先見の明がない。まさに『殿様商売』であった。
父親は弁舌や行動力に優れているが、メカにはめっぽう弱いタイプ。おまけに人を信じすぎる。
イルルも毎月お店を手伝っていたが、新聞屋で働く人間というものは、ほとんどが中卒か、小学校もちゃんと出ているか怪しい人たちばかり。酒、女、ギャンブルが全て。
その日暮らしの人間も多く、会社に泊まっているおっさんも何人か居た。

そんなおっさんどもだからまぁ色々事件を起こす。
居酒屋で酔って暴れて店に損害賠償を負わせたり、内縁の妻への慰謝料支払いに四苦八苦してたり。
父親は人を信じすぎて、そんな奴らにも何十万単位で金を貸してしまう。
当然ながら、返って来ない。っていうか、次の日にはそいつは部屋から消えている。
一度、「すみません、必ずお金はお返しします」という置手紙があったのをよく覚えている。
もちろん今も行方知れずだけど。

おかげで家は貧乏で借金まみれ。
学費の納金が遅れることも2回くらいあったが、学生の代表組織に所属してたので職員にもちょっと顔が効き、何とかしてもらえた。
最終的に120万円ほど奨学金を借りてやっと大学を卒業することが出来た。
しかし貧乏生活はこの後も続く。

社会人(20代前半)

大学院に行って臨床心理士になりたかったが、学費がない&試験が英語なので諦める。(英語苦手)
特にやりたい仕事もなく公務員を受けてみるが、当時は1枠に1000人くらいの競争率で当然落ちる。
『どうすれば楽しく生きられるかな』と考えた末、当時は公務員の次に安全と言われていた金融業に就職することを決める。
それも銀行ではなく、『一番下から始めれば後は上に行くだけ』という謎のポジティブ思考によりノンバンク、いわゆるサラ金に就職する。サラ金は受けたところ全社内定だった。

サラ金はものすごく辛かった。上司からのパワハラもあったし、それまで毎日10時間寝てた大学生活が、キッチリ朝8時30分には出社して先輩のデスクを掃除する生活に変わった。(一ヶ月で掃除しなくなったけど)
まあ、サラ金が辛いというより単に社会人に慣れなかったっていうところか。
しかし、仕事の内容はまんまナニワ金融道の世界。
面白いというと不謹慎だが、刺激には事欠かなかった。
手形を午前中に割り引いてくれと駆け込んでくる社長さん、子供のおもちゃを売って返済金を用立てる主婦、自宅を差し押さえる際に半狂乱になる男…。
まさに社会の底辺、この世の地獄をたくさん垣間見た。銀行なんか逆にもっとエグいらしいが。

社会人成り立てのころ、オフィスの先輩たちが「シンダ、シンダ」と騒いでて何事かと聞くと、ものすごく嫌いな貸付先の社長さんがいて、よくクレームをつけられていたんだそうだ。
その社長さんの死亡診断書が届いたのである。死亡の原因は練炭。
先輩たちは全力で笑いながらその死亡診断書を回し読みしてて、イルルは心底ゾッとした。
けど2~3年も経つ頃には、似たようがことがあるとイルルも一緒になって笑っていた。
慣れれば何でも慣れるもんである。

社会人(20代後半)

出世頭になってやるぞ!と意気込んでサラリーマンになったはいいが、グレーゾーン金利撤廃の煽りを受け、消費者金融業界は実質オワコン化してしまう。
議員の票稼ぎのネタの為に消費者金融が社会悪とされたのである。(実際悪どかったけど)
イルルはこの時、所詮世の中の”理不尽な力”の波には抗えず、乗りこなすしかないのだなと学ぶ。
東証一部上場、全国に支店があり社員700人を抱えていた会社はあっという間に潰れ、ベンチャー色の強いなんだかよくわからん会社にM&Aされる。
会社を辞めるか、M&A先に”嫁ぐ”か選択を迫られたが、転職活動が面倒くさいのでそのまま転籍を受け入れる。

パソコンと男性

その転籍先は潰れ掛けた企業をどんどん買収し、そのノウハウと資産を食い漁るハゲタカのような企業だった。当然、社員は要らないので給与は冷遇。
オマケにブラックで、サビ残は当たり前。月50時間くらいタダ働き。有休はとらないのが偉い。
イルルは睡眠障害など起こしてしまい、どんどん勤労意欲が失われていった。

しかしこの頃から少しづつ転機が訪れる。
ベンチャーで、システム担当が圧倒的に足りない会社だったので、『Wordの差込印刷が出来る』というだけの理由でシステム開発の部署に異動になり、社長がホワイト思考の人物に代わり、サービス残業を徹底的に撤廃。一気に会社がホワイト化する。
更にシステム開発に携わりながら前線で一通りIT業者としての知識と経験を吸収し、社会で生きていく為の”武器”を手に入れる。
特に金融関連のシステムのプロジェクト管理など上流工程が得意。
あと、この頃金融業で得た知識を使って実家の借金も綺麗サッパリ消し去ることができ、一安心。

社会人(現在に至るまで)

システムリニューアルを担当したとある企業から、『うちの会社はシステムに明るい人間がいないから来て欲しい』とラブコールを受け、出向中。
とても有能な人ばかりで毎日働いていて楽しい。
一回も転職活動したことないのに、会社が5回くらい変わってる気がする。
また、ちょうど30歳の頃に人狼オンラインXと出会い、現在では自らボドゲ会を開催したりゲームマーケットを覗いたりですっかりボドゲ沼にハマっている。
このトシだと同僚と絡んでてもおっさん同士で天気の話題とか出身地の話題とかのつまんない飲み会ばっかりなので、今のところボードゲームクラスタとゲームで遊びながら飲む会が一番楽しいです。
若い人と遊んでいるとそれだけ自分の人生の”渇き”が癒されていくような感覚がありますね。

人狼オンラインXで知り合った友達の輪がきっかけでツイッターにもドハマりしており、クソコラや動画でFFを弄って遊んだりして、毎日ほんと楽しく過ごさせて頂いています。

そんなイルルですが宜しくお願いします。