いろんな宗教の『地獄』をご紹介

昔から宗教学が好きです。

特に関心のあるテーマは地獄。どこの宗教でも大概は出てくる概念です。それは主に『生前に悪いことをしたら、あの世でこんな目に逢うんだぞ』と人々を畏怖させ、悪事を止める目的で流布されました。

まだ法治国家が成り立ってなかったり、警察機構が存在しないような時代では宗教で人々を戒めることが絶対に必要でしたからね。その為に、当時の人々は一生懸命アタマをひねって、恐ろしい地獄のイメージを想起して伝聞したワケです。

今日はそんな色んな世界、宗教の地獄観をまとめてみました。

キリスト教

キリスト教における地獄の概念は宗派によって考え方が様々ですが、イタリアの哲学者・ダンテが14世紀にしたためた『神曲』にて分かりやすく表現されています。

神曲によると、地獄は文字通り地の底にあり、それはかつて神々へ反逆した大天使ルシファーが堕天(物理的に落下)した際に大地へ出来た大穴の底にあります。なんともダイナミックなハナシです。

罪を犯した人々は地の底で三途の川(ステュクス川)の川渡しであるカロンにいざなわれ、地獄へと向かいます。地獄の入口には大きな門があり、『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれているそうです。新入社員の入社式みたいですね。

地獄は九つの階層に分かれており、それぞれ生前に犯した罪に応じて罰を受けます。それぞれの階層の主旨は『7つの大罪』に沿った形で構成されています。

第一圏 辺獄へんごく

キリスト教の洗礼を受けなかった者が行く地獄前広場みたいなところ。責め苦はありませんが、何もないだだっ広い空間で何の希望もないまま永遠に時を過ごす場所です。日本で言う『賽の河原』に似ていますね。例え罪を犯していなくとも洗礼を受けていなければみんなここに行きます。キリスト教では『洗礼を受けぬまま死んだ胎児まで辺獄行きというのは、あまりにも可哀想ではないか』という議論がたびたび起きています。

第二圏 愛欲者の地獄

肉欲に溺れた者が荒れ狂う暴風に吹き流される場所。エロエロな紳士淑女が堕ちる階層ですね。ちなみにキリスト教では基本的に正常位以外ダメだそうです。色んな体位を試してるアナタはここに堕ちます。ダンテによるとエジプトのクレオパトラもここにいるそうです。台風の中、外で1時間くらい突っ立ってればこの地獄の辛さがなんとなくわかるでしょう。

第三圏 貪食者の地獄

大食の罪を犯した者が、ケルベロスに引き裂かれて泥にのたうち回る場所。ケルベロスというのは地獄の番犬です。生前、必要以上に飲み食いしたデブはここでケルベロスに食われ、犬のウンになりますするとそのフンが泥と混じってまた身体が再生し、永遠に食われるそうです。

第四圏 貪欲者の地獄

お金を必要以上に貯めこんだり、また逆に浪費し過ぎた者が、重い金貨の袋を転がしつつ互いに罵る場所。地獄でも大事な金貨を手放さずにお互いに「何故使う」「何故貯める」と言い争っている訳ですね。パチンカスとかはみんなここに堕ちるんでしょう。他の地獄に比べると大分マイルドに感じます。

第五圏 憤怒者の地獄

怒りに我を忘れた者が、血の色をしたスティージュの沼で互いに責め苛む場所。生前に激おこぷんぷん丸だった人は地獄でもムカ着火ファイアーした状態で、お互い殴る蹴る、噛みついて肉を引きちぎるといった凄惨なバトルを繰り広げます。

第六圏 異端者の地獄

あらゆる宗派の異端の教主と門徒が、火焔の墓孔に葬られている場所。日本人には馴染みがないかもしれませんが、宗教上で異端とされた者、つまり邪神を信奉する人が堕ちる地獄ですね。罰としてはシンプルで、棺に入ったまま燃え盛る墓穴で永遠に身を焼かれます。生きたまま火葬され続けると考えると恐ろしいですね。

第七圏 暴力者の地獄

様々な暴力を奮った人たちが、その内容に応じて刑罰を受ける場所です。他人に対して暴力を奮った者は、煮えたぎる川に沈められてグツグツと茹でられます。自分に対する暴力、つまり自殺した者は木に変身させられ、鳥にその身をついばみ続けられます。また、神に暴力を奮った者や同性愛者は、火の雨が降る砂漠を永遠に逃げ惑うことになります。(キリスト教では従来、同性愛は罪とされて来ました)

第八圏 悪意者の地獄

ここまで来ると地獄も大分深いところまでやって来ました。ここでは明確に悪意を持って罪を犯した者が、それぞれの罪状に応じて罰を受けます。刑罰の内容はかなり多岐に渡るので割愛しますが、私のお気に入り(?)は『偽善者への罰』です。偽善者は黄金の美しいローブを着て、ここを永遠にグルグルと歩かされます。そのローブは外側は金ピカなのですが実は鉛で出来ており、非常に重たいのです。何とも皮肉の効いた罰ではありませんか。

第九圏 裏切者の地獄

『裏切り』は最も重い罪としてダンテは考えました。その裏切り者が堕ちるのがこの地獄の最下層です。ここは『コキュートス』(Cocytus 嘆きの川)と呼ばれる氷地獄で、裏切者は首まで氷に漬かり、涙も凍る寒さに歯を鳴らします。ここではかつて堕天したルシファーが鎮座しており、その口にはキリストを裏切ったユダが咥えられ、犬用のガムみたいに永遠にカミカミされています。

地獄を抜けると…

ほとんどの人は『審判の日』が訪れるまで地獄で永遠に苦しむワケですが、自分の罪を後悔する者は煉獄に辿り着くことが出来ます。煉獄は地獄の大穴が出来た時に地球の反対側へ盛り上がった土で出来ている山で、今度はこの山を少しづつ登りながら罪を浄化し、頂上を目指すことになります。そしてめでたく一番上まで行くと天国へ行けるのです。

煉獄でも岩を担いだり走り回ったりと様々な責め苦が用意されていますが、それらは全て罪を浄化する為であり、地獄に比べると全然優しいです。何よりここに辿り着いた人は頑張れば天国に行けるので、責め苦の間にも祈りの言葉を捧げたり、五体投地で後悔したりといささかポジティブです。良かったね!

様々な教派の解釈

冒頭に記載した通り、キリスト教は信仰する人々が多数いる歴史の中で教義が枝分かれしており、『地獄』一つ取ってもその解釈は様々です。例えばキリスト正教会では神々による責め苦ではなく、信仰を拒絶する状態こそが地獄なのだと解釈しています。ダンテの描く地獄はあくまで多数ある教義の中の一遍だということにご注意下さい。

憤怒界の様子。怒り狂う亡者がお互いを傷つけあっており、悪魔がその様子を満足そうに見つめている。

イスラム教

イスラム教の地獄は『ジャハンナム』と呼ばれ、ナール(火)、サイール(炎)、ジャヒーム(火のかまど)と言った言葉が地獄を表す表現として使われます。その言葉の通り、『業火に焼かれる』というシンプル(?)な構成の地獄です。

死者が訪れる冥界には大きな穴が空いており、その穴には『正しい道』と呼ばれる橋がかかっています。善人は光に包まれてその橋を容易に渡ることが出来ますが、悪人は暗闇で足を踏み外し、穴の中に落ちてしまいます。その大穴こそがジャハンナムであり、一旦落ちると燃え盛る炎に喘ぎ苦しみ続けることになります。

イスラム教の聖典コーランには詳しく書かれていませんが、後世においてジャハンナムも『神曲』と同じようにいくつかの階層がある考えが定着しました。それらは上から順に、このような構成になっています。

  • 一層目 イスラーム教徒が落ちる「ジャハンナム」(火地獄)
  • 二層目 キリスト教徒が落ちる「ラザー」(燃える火)
  • 三層目 ユダヤ教徒が落ちる「フタマ」(砕く火)
  • 四層目 サービア教徒が落ちる「サイール」(燃え上がる火)
  • 五層目 ゾロアスター教徒が落ちる「サカル」(業火)
  • 六層目 多神教徒が落ちる「ジャヒーム」(竈、かまど)
  • 七層目 偽信者が落ちる「ハーウィア」(奈落)

生前に犯した罪の内容ではなく、宗派ごとに分類されているのがユニークですね。異教徒に対する排斥心の強いイスラム教ならではの発想と言えるでしょう。

ちなみに天国は…

イスラム教は天国の描写もユニークです。聖典コーランには、天国の様子がとても具体的に描かれています。

イスラム教の教えを貫いたものは天国で唯一神アラーの傍に侍ることが許され、永遠の若さを保つ少年たちが美味しいお酒を持ってきてくれるそうです。そのお酒は決して二日酔いにならないとか。そしていくら取っても良い果実や鳥の肉が用意され、昔ながらの仲間と楽しい時間を過ごすことが出来ます。

また、目が大きくて可愛い天女たちフーリーを72人も配偶者として授かることができ、いくらでも夜の相手を務めてくれるそうです。しかもこれらの天女は永遠に穢れない存在で、いくら行為に及んでもすぐ処女に戻るんだそうな。

世界中で勃発しているテロリズムの原動力がこの『天国では美人の処女とイチャイチャし放題』という部分であり、様々な方面から問題視されています。反イスラム主義者からは『このような天国描写はただの売春宿である』といった批判もなされるほど。そりゃそうだ。

ジャハンナムで売春の罪により焼かれる女性たち。ムハンマドたちがその様子を眺めている。

仏教(日本)

元々、仏教はインドのものですが、中国を経由して日本に伝えられ少しづつ変化していく中で、平安時代の頃に明確に地獄のイメージが定着化しました。これは日本独特のものです。

皆さんもご存じかと思いますが、仏教では六道りくどうという考え方があり、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上というように世界が分類されています。我々はこのうち上から二番目の『人間界』におり、生前の行いによって死後に輪廻転生します。要は生まれ変わりですね。

この時、生前に良い行いを続けていれば天上界に行くことが出来ますが、悪い行いをしているとランクが下がって畜生(動物)や餓鬼に転生してしまいます。そしてその最も重い罰が最低ランクの『地獄界行き』というワケです。ちなみに天上界といっても天国を指すワケではありません。仏教にとっての本当の天国は『極楽浄土』となります。

仏教の地獄も文字通り地の底にあります。それは我々の暮らす地表から約15万キロ地下にあるとされています。そして地獄自体の構造はタテに漏斗状に階層が重なっており、全長が約310万キロもあるそうです。最下層の『阿鼻地獄』に堕ちるまでは2000年もかかるそうな。

310万キロを体重60キロの人が落下するのにかかるのは大体2年間くらいなので、仏教の地獄は重力が月みたいにすごく弱いか、空気抵抗がめちゃくちゃ強いということになりますね。なんか楽しそう。

第一層 等活とうかつ地獄

地獄の中でもっとも軽い罪を受ける地獄。生前に殺生せっしょうをした者が堕ちます。ほぼ全員行くやんけ。ここに堕ちると他の者に憎しみがモリモリ湧いてきて、お互い引っかき合いって肉を削ぎ、血を流して争うことになります。最終的に骨だけになってもしばらくすると復活し、また争いを続けるのです。これが1兆年6千億年続きます。一番軽い罪と言っても大分キツいですね。

第二層 黒縄こくじょう地獄

殺生に加えて窃盗罪も加わるとここに堕ちます。ここでは獄卒の鬼たちによって、オノやノコギリで身体を引き裂かれたり、真っ赤に焼けた鉄の縄で縛られて刀の生えた地面に落とされ、火を吐く犬に食われるそうです。しかもそれは等活地獄の8倍もの期間続き、苦しみは10倍だそうです。ちなみに仏教の地獄は基本的に階層が増すごとに期間が8倍、苦しみが10倍という風に倍々ゲームになっていきます。

第三層 衆合しゅうごう地獄

邪淫の罪が加わると、この衆合地獄行きです。ここでは鉄の臼でモチみたいにぺったんぺったん突かれたり、砥石でゴリゴリ削られたり、鬼に追いかけられて2つの山に押しつぶされたりするそうな。なんだか騒がしい地獄ですね。また未成年者に強制わいせつを働いた者は、自分の子供が鬼にイジめられるのを眺めることになり、自らが傷つけられるよりも激しい苦しみを与えられるそうです。

第四層 叫喚きょうかん地獄

飲酒の罪も加わるとここに堕ちます。ここでは鬼に鍋へ投げ込まれグツグツと煮られたり、口を強制的に開けさせられて熱く沸騰した銅を流し込まれ、五臓六腑を焼かれるそうです。その他にも豆みたいに熱い地面で炒られたり、炙られたり。まるで人間が具材のお料理教室みたいですね。あまりに苦しみが強く常に泣き叫ぶので叫喚地獄という呼称がついています。

第五層 大叫喚だいきょうかん地獄

何らかのウソをついた罪も加わると、叫喚地獄より更に苦しみの強い大叫喚地獄に堕ちます。この地獄は16個の細かい部屋に分かれており、「他人の田畑を奪い取るために嘘をついた者」といった具体的な理由ごとに居場所が振り分けられます。その内容は蛇に身体を食い荒らされたり、叫喚地獄より更に大きい鍋(苦しみと関係あるのか?)でグツグツ煮られたりと様々。いかに仏教が『ウソ』を悪行とみなしていたかが分かりますね。

第六層 焦熱しょうねつ地獄

邪見の罪、すなわちお釈迦様の教えを無視して、感情や主観であれこれと判断した人はここに堕ちます。ここでは鉄の床に寝かされ、せんべいのように押しつぶされたり、鉄の棒で串刺しにされて全身を火あぶりにされます。ここでの猛火は上層の比ではなく、この地獄に比べると今までの階層の火は雪のように感じるのだそうです。どういう感覚だ。

第七層 大焦熱だいしょうねつ地獄

戒律を守っている尼さんを誘惑した罪が加わると、この大焦熱地獄行きです。ここはジャハンナムのように常に火が燃え盛っており、火のないところは髪の毛一本ほどの隙間もないそうです。ここでも獄卒の鬼に刀で皮を剥がれ、赤く沸騰した鉄を注ぎかけられます。なんだかレパートリーが減ってきて『結局どこでも火で焼かれるんじゃん?』って気がしますがまぁとにかくツラいそうです。

第八層 阿鼻あび地獄

地獄の最下層、無間むけん地獄とも呼ばれる場所。ここでは仏教で最も罪が重いとされる親殺しや僧侶の殺害を行った者が堕ちて来ます。ここでは手足の節々からくまなく炎が噴き出し、休む間もなく苦痛に苛まれます。ここでの苦しみは他の地獄の合計の千倍とされており、阿鼻地獄を味わった人が一つ上の大焦熱地獄に行くと、まるでそよ風の吹く天上界のように感じるそうです。だからどういう感覚だ。ここでの刑期は8万4千こうと言われています。1劫は4億3200万円ですから、349京年以上になるワケです。そんなに時間食ったら生まれ変わる頃には宇宙が存在してない気もしますが、どうなんでしょう。

阿鼻地獄の様子。盛り過ぎてよく分からないことになっている。

ゾロアスター教

三大宗教に比べると知名度は落ちますが、ゾロアスター教は古代ペルシャで始まった古代の宗教です。現在でもインドやイランを中心にして、世界に15万人ほどの信者がいます。拝火はいか教とも呼ばれており、火を神聖なものとみなすのが特徴です。

ゾロアスター教は善と悪の考えに主神がキッパリ分かれており、死後の世界もエレベーターのように善悪でタテに分かれています。

教義によると、亡くなった人はミスラ、スラオシャ、ラシュヌという三人の神様によって生前の行いを天秤にかけられ、裁かれます。なんだか日本仏教の閻魔大王に似ていますね。

この時、善行が重いほど天国の高いランクの世界へ行くことができ、一番上はガローデマーンという安らかに暮らせる世界です。一方、悪行が重いと地獄行きで、最下層のドロージョデマーンはそれはそれは酷い場所です。

そこで暮らす人はヘビやサソリなどのゲテモノしか食べることが許されず、とても寒くて井戸の中のように狭い、暗い世界で生活することを余儀なくされます。そこでは悪虫や悪獣が跋扈しており、刺されたり噛まれたりするそうです。イランの国土を破壊したアレキサンダー大王もここにいるそうな。

尚、ゾロアスター教は火を神聖なもの(=罪を浄化するもの)とみなしているので、他の地獄のように業火で焼れれるという責め苦はありません。

また、生前の行いが善悪ちょうど同じ具合の人はハミスダガーンという中間の世界に赴くことになります。そこでは暑い、寒いという感覚はありますが、それ以外には何もない虚無の世界です。キリスト教の辺獄に似ていますね。

ゾロアスター教の死後の様子。右上が善で左下が悪の世界。
なんかネコみたいなのは日本で言うところの鬼だろうか。

ユダヤ教

世界の宗教で信徒数が多いものとすれば、エルサレムを聖地とするユダヤ教も有名です。ユダヤ教はキリスト教と異なり、旧約聖書を聖典としておりセフィロト(カバラ神学)を宇宙の真理として扱うなど、似ても似つかない部分があります。

ユダヤ教での死後の世界は解釈が難しく、人によって様々です。おおまかに言えば、生前に正しく教義を守った信徒だけはエデンの園(いわゆる天国)に昇ることが出来ますが、それ以外の人間はゲヘナ、またはシェオルと呼ばれる地下世界に赴きます。

この地下世界についても、一般的な地獄のように責め苦を味わうとする解釈もあれば、生前の行いを静かに反省する場所という解釈もあります。多様的ですね。逆に死後の世界は存在しないと考えるユダヤ人も多くいます。

セフィロトのモチーフはアニメ『エヴァンゲリオン』でよく使われますね。

ヒンドゥー教

インドで信徒数一位を誇るヒンドゥー教。人数で言えば11億人を超えており、世界の仏教徒の数より多いです。(しかし民族宗教の為、世界三大宗教に数えられるのはキリスト、イスラム、仏教の方です)

地域柄仏教と馴染みの深い宗教ですが、初期のヒンドゥー教には地獄の概念はありませんでした。しかし歴史が進むにつれて、仏教とよく似た考えが後世の書物によって定義されることになりました。

ヒンドゥー教の死生観は仏教と同じように輪廻転生を基本としています。生前に善い行いをした人はディーヴァと呼ばれる天上人、あるいは神々が住むデヴァローカという世界に行くことができ、逆に悪い行いをした人はナラクという責め苦を受ける場所へ堕とされます。

ナラカは具体的な表現があまり記述されていませんが、火あぶりにされたり沸騰した油に浸されたりするそうです。ちなみにこのナラカという言葉が古来日本に伝わり、『奈落』という言葉に変じました。しばしば奈落が地獄の同義語として扱われるのはこの為です。

ヒンドゥー教も仏教と同じく、地獄は永久に罰を受け続ける場所ではなく贖罪の空間として考えられており、罪に応じた罰を受けると生前の業(カルマ)によって動物や人間に転生すると考えられています。

ナラカを描いたタイの寺院の壁画。大鍋で罪人が釜茹でにされている。

以上、様々な宗教の地獄観のまとめでした。

宗教の歴史は人類の歴史!
死生観を学ぶとその時代毎の人々の考えが見えてくるんだわさ!