何故、理不尽な校則はなくならないのか?

磯野ー!宿題なんかほっといて野球しようぜー!

ヒマなのでツイッターで記事ネタを応募したところ、表題の案を頂いたので書いてみます。ただ、イルルが学生時代だったのはもう【自主規制】年以上前で、プロフィールにも書いてある通り校則がほぼ機能してない不良高校に通ってたので、あんまり参考にならないかもしれません。
まあ、暇つぶしに読んで頂ければ幸いです。

こんなにもある理不尽な校則

世の中、学校はたくさんあります。中には「は?」と眉をひそめたくなるような意味不明な校則もたくさんあります。そういった校則は現代では『ブラック校則』と呼ばれているみたいです。いくつか紹介しましょう。

服装や髪型を規制するもの

「男子生徒を挑発するのでポニーテールは禁止」
「一度登録した髪型は、卒業時まで変えてはならない」
「男子を刺激しないように、セーラー服の下に体操着を着用すること」
「男子生徒の髪の染色、脱色は良しとする。」
「夏休みに髪を切らない。切るときは先生の許可を得る。」
「家から電信柱3本以上の外出は、すべて制服とする。」

恋愛感情を規制するもの

「父親以外の異性とは一緒に歩いてはいけない。兄弟も禁止」
「男女交際をする際は、6者面談すること」
「校内で異性と会話する場合は、会話用紙を提出し許可をもらい、会話室で会話をすること」
「男女間で話す時は、なるべく3人以上で、2メートル以上離れてすること」
「教室で男子生徒と2人きりになる時は、窓を全部開けていつでも人を呼べるようにする」
「担任、両親の認定証がない男女交際は禁止」

お手洗いに関するもの

「便所の紙を使った者は、クラス・名前と何センチ使ったかを記入すること」
「トイレットペーパーの使用量は1回につけ30センチ以内」
「用便は7分以内」
「小便の時は水を流さない」

その他、日常生活のもの

「親友と呼べるような、中学生として限度を超えた友達は持つべきではない」
「学校内で歌謡曲を歌ってはいけない。修学旅行では民謡以外歌ってはいけない」
「授業中ヘラヘラしてはいけないが、大声で笑うのはいい」
「なるべく標準語で話す。父母の苦労を思い無駄遣いをしない。日記、小遣い帳をつくる」
「マンガを持ってきてはいけないが、担任に貸す場合は認める」
「先生が教室に入ってくる時は、拍手で迎えなければならない」
「廊下で走っている生徒を見た時は用事が無い時以外は近くに居る教師に報告する事」
「異性の先生と話すときは20センチ以上の間隔をとる」
「教室での私語は授業中、休み時間問わず禁止」
「歩幅は80センチ」

引用元:NAVERまとめ( https://matome.naver.jp/odai/2137738137765990701?&page=1 )

いやはや、ツッコミどころが多すぎて困りますね。
ちなみに一つ一つが本当に存在するかは明確ではないですが、いくつかは出典元の学校名が掲載されているものもあります。

ちなみに、プロフィールにも書きましたがイルルもかなり変な校則を体験したことがあります。一番頭がおかしいユニークだったのは小学校で、トイレにトイレットペーパーが置いておらず、各自ポケットティッシュを持ってくるように、という校則が存在しました。(教務員用トイレにはトイレットペーパーある)
小学生というのは授業中にトイレに立つだけでも、周りの子供が騒いで恥ずかしい想いをするものですから、殊更お手洗いに行きにくかった思い出があります。
さすがに頭がおかしいユニーク過ぎると思ったのか、その校則が出来た経緯について私の父が学校に問い合わせたところ、『トイレットペーパーがあると子供がミイラごっこをするから』という回答でした。真面目に。

ちなみに一度、廊下を歩いてはならないという規則が出来たこともありました。廊下を走る子供が後を絶たないからです。ただ、この規則はあくまで学年全体に対する一時の懲罰的なもので、2~3日で歩行禁止令は解かれました。しかし、当時の担任がツバを飛ばしながらヒステリックに、「みんなのせいで廊下を歩けないことになりましたァ!!」と騒いでいたのを覚えています。

校則はそもそも誰の為なのか

校則というのは本来は学生に品行方正な学園生活を送らせ、不慮の事件や事故からその身を守る為にあります。どこにでもあるような校則を例に取ると、こんな感じですね。

内容理由
夜中に出歩いてはならない事件に巻き込まれる可能性があるから
自転車で通学してはならない転んで怪我をする可能性があるから
制服は学校指定のものでなくてはならない好き勝手な格好をすると風紀が乱れるから
不純異性交遊は禁止相手の身に責任が持てないから
挨拶はしっかりすること社会において大事なことだから

このように、基本的に校則というのは子供のことを考えて作られたものです。ですが、学校環境というのは学生、教師、保護者、教育委員会、PTAなどの複雑な権利関係で成り立っているものですから、たびたび歪んだ校則が出来上がってしまうこともあります。

教師というのは公務員です。国に雇われています。そして公務員というのは往々にして保守的なものです。何故保守的なのでしょう?答えは簡単です。キャリアを気にするからです。
何か新しい試みが失敗すれば責任が発生します。責任を取らされ、クビになったり出世コースの道が断たれてしまったり。公務員とはいえお金の為に働いているワケですから、そういう目には逢いたくないワケです。何もしなければ責任も発生しません。

つい昨日のことですが、神戸の学校で教員同士のイジメがあり、校長がそれを隠していたことが発覚しました。キャリアを気にするからこそ、自分の責任を回避しようとしてしまうんですね。結果的にはもっと悲惨なことになるとしても。

神戸市の小学校で起きた教師間のいじめ問題で、校長が被害教師のけがを把握しながら市の教育委員会に報告していなかったことが分かりました。

 神戸市立東須磨小学校の20代の男性教師が同僚の4人の教師から羽交い締めにされて激辛カレーを無理やり食べさせられるいじめを受けていました。また、男性教師はカレーを目や唇に塗られるなどしたほか、新車の上に乗られる悪質な嫌がらせを去年から繰り返し受けていました。校長は6月、別の教師からの報告で問題を把握。被害を受けた男性教師から直接、聞き取りをした際に加害者の教師からたたかれてできた尻のみみず腫れを確認したにもかかわらず、校長は市教委に報告していなかったことが新たに分かりました。一連の問題を受けて校長は9日午後に会見を開く予定です。

引用元:テレ朝ニュース( https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000166291.html )

教師の役割は『生徒に勉強を教えて卒業させること』です。これが業務の基本、初歩、つまりゼロ。基本的にはルーチンワークです。勉強が分からない生徒がいたら特別に指導したり、非行に走る生徒がいれば呼び出して叱ったりしますが、これらは全て『生徒に勉強を教えて卒業させること』というゼロに戻す作業です。マイナスをゼロに戻すだけであり、プラスを生み出しているワケではないのです。ちょっとこの辺説明が難しいですね。
まぁつまり、そこまで教育現場は革新を求められていないワケです。“現状維持”が最上です。これも大切なことなんですが。

えー、話が長くなりましたが、もうみなさんはお分かりでしょう。度々校則というのは、『教師のキャリアを守る為』に使われてしまうのです。
少年イルルが学校で経験した『ミイラ男ごっこ』を例に挙げてみましょう。

生徒がミイラ男ごっこをして遊ぶ → だからトイレに紙を置くのを禁止

こういう構図ですね。しつこいけど頭おかしいこれは根本からまず考え方が間違っています。イタズラをさせないよう、イタズラの道具や環境を排除する、という思考軸ですが、教育者というのは社会のルールや規範を教えるのも立派な役割ですから、そもそもイタズラを悪いことだと教え、させないようにするのが本来の正しい考え方です。(力説)
ですが、少年イルルの教師たちはトイレから紙を置くのを禁止という手段を取りました。何故か?その方がコントロールし易いし、楽だからです。

イタズラをさせないよう、個別に指導したとして、生徒の数も多いし、言うことを聞かない(新しい試みの失敗)生徒が出た場合に責任も発生しますね。正直面倒くさい作業です。
紙を最初から置いておかなければ絶対にイタズラは出来ませんから、生徒を監視監督する手間も省けます。責任も発生しません。(厳密にはお手洗いに困る生徒が爆発的に増えるワケですが、時の教師たちはそこまで考えが及ばなかったようです)

このように、校則は学生でなく、教師のキャリアを守る為に存在する場合があるのです。

教師とて聖人ではない

ちょっと炎上しそうなことを書きますが…まあいいか!どうせこのブログ誰も読んでないし!
教師とて、世間的にはただの公務員ですから、聖人ではありません。”聖職”という呼ばれ方をすることはありますけどね。

そしてはっきり言って、教師になるのはそれほど難しいことではありません。教育学科のある大学に入って、規定の単位を納めて試験に合格すればなれます。医者や弁護士になるのが難易度100だとすると、教師になるのは難易度10くらいです。
イルルの通っていた大学も教育学科がありまして、実際に友人が何人かは教員免許を取得しました。ですが、中には人間性にちょっと問題があって、『えっ、あいつが教師になっちゃったの?』というメンバーも何人かいました。正直なところw

そして教師というのは、義務教育を経て、大学に入って、また学校という現場へ戻っていくワケです。つまり人生の中で、学校という枠組みから外へ出ないワケです。
また、毎日子供を相手にする仕事ですから、考え方も幼稚っぽくなってしまう傾向があります。人間は社会性を持つ動物がゆえに、無意識的に周囲の環境に合わせようとするからです。相手が子供でもね。

なんかアンチみたいな書きっぷりになりましたが、要はダメな先生も世の中には多いということです。皆さんも1人や2人、理不尽なことをされて嫌な想いをした先生がいるでしょう?
あんまり書くと後が怖いですが、既存の校則について『これはおかしい』と声を挙げる人間がいなかったり、そもそもおかしいとも思わなかったり、そういった考える力の弱い教師が多いのは、そういうことです。

まとめ

  • 理不尽な校則はとても多い
  • 校則は生徒の為だけでなく、教師の為にも存在する
  • 教師は決して聖人ではない

ちなみに銀行も保守的な人間が多い…。