『天皇』って一体何なんだ?(令和の天皇即位記念)

ご即位おめでとうございます!

2019年10月22日(火)、徳仁(なるひと)様が日本の第126代天皇、すなわち令和の天皇として即位されました。歴史的な1ページなので記念碑的に天皇についてのムダ知識なんかをつらつら書いてみようかなと思います。

天皇は”象徴”

安倍総理も式典の祝詞の中で述べていましたが、天皇は日本の”象徴”です。これは日本国憲法第一条にも記載されています。象徴(シンボル)としての存在なので、天皇自身は直接的な権力を持たないのが特徴です。
例えば、同憲法には『天皇は首相を任命する』と記述されていますが、あくまで任命するだけで、自分で選べるという意味ではありません。選ぶのはあくまで国会で、天皇は国会が指名した人を首相に任命するだけです。拒むことは出来ません。

天皇は世界的に尊い存在

イルルは別に右翼ではありませんし、どっちかっていうと共産主義特に日本を愛しているワケでもないですが、天皇というのは客観的に見て世界的にスゴイ存在です。即位礼に世界中の首脳が来賓として来る様をテレビで見た人なら分かると思います。
何故かというと、世界最古の王朝の皇帝に位置づけられる存在であり、一度も日本という国は国名が変わるなどの変化が起きていないからです。
アメリカ大統領なんかはその時代の都度選出された人間というだけで、2000年以上続く皇室の血筋からすれば格は下、ということになります。ですから、彼らは天皇の上座には決して立ちません。

各国の王室なんかもそうです。
イギリス王室やフランス王室なんかも世界的に見れば尊い存在ですが、フランス王なんかは何度かクーデターに遭っており、歴史的に見れば天皇より格は下なのです。何より、王室というのは血筋を長年守ってきた国の王、という位置づけであり、”象徴”ではありません。
“象徴”というのはその国の文化や文明を代表する存在、ということなのでより尊い存在になります。その点で 天皇>王 となります。
帝政ロシアなどでも皇帝が存在した時期はありますが、こちらも200年ほどしか存続しなかったので、歴史的に見ればやはり天皇家には勝てません。

日本人から見ればすっかり慣れ親しんだ存在ですが、実は天皇家というのはスゴイのです。ちなみにギネスブックにも『世界最古の王朝』として記録されています。

また、天皇家の家系は元を辿ると、古事記にも登場する太陽神である天照大神(アマテラスオオミカミ)の子孫であるとされています。

“許されぬ愛”を押し通した平成天皇

生前退位という珍しい仕組みで退位され、すっかり息子に跡目を譲った平成の天皇ですが、なかなか破天荒な方でした。学生時代に突如、「銀座に行きたい」と言い出し衛兵の目を盗んで銀座に友人と繰り出し、各種喫茶店をブラブラしたという逸話なんかが残っています。
ちなみに平成の天皇は一度だけ、学友に「世襲は辛い」と漏らしたことがあったそうです。皇族としてのせめてものワガママだったのかもしれませんね。

さて、女性の皆さんならウットリする話かもしれませんが、平成の天皇は初めて一般の女性を妃に迎えたことでも有名です。当時、天皇家の妃といえば皇族か華族(いわゆる超スーパー上級国民)から選出するというのが習慣でした。血筋が何より重要視されたのです。

そんな時代の中、平成の天皇は軽井沢のテニス大会で正田美智子さんと出会いました。
美智子さんは資産家の娘ではありましたが、特に上級国民と言うワケではなく極一般的な平民。平成の天皇は彼女の写真を”女ともだち”として宮内庁の文化祭に出展するなど、浅からぬ興味を示していましたが、そんな習慣があったので当時周囲の人間は誰もお妃候補として考えていなかったようです。

しかしやがて天皇が恋心を暴露し、最終的に美智子さんとご結婚されました。美智子さんは美智子様になったワケです。ただ、ここに至るまでの苦労はハンパなかったようで、まず皇族や華族から猛反対を受け、「平民と結婚とはけしからん」とまで批判を受けたそうです。
しかし、最終的には満場一致で結婚が賛成決議されました。このニュースはアメリカのTIME誌では「The Girl from Outside」(外側からの女性)という表題で紹介されてます。王子様と平民女性の結婚…とってもステキなお話ですね。(厳密には王子様とちょっと違うけど)

天皇と美智子様

引用元:時事ドットコム

息子も負けないぞ!令和の天皇の逸話

平成の天皇の息子である徳仁さんも一般女性である雅子様と結婚されています。この際は父親が前例を作ったせいかそれほど大きな騒動にはならなかったようですが、その道のりは別の意味で楽ではなかったようです。

元々、雅子様(旧・小和田雅子)は父親が外務省の職員。本人も独身時代は外務省で外交官として働いており、令和の天皇と出会ったのは会食の席でのこと。令和の天皇自身は『初恋』と表現していますが、この時に雅子様を見て好きになったんだそう。
しかし雅子様はあまり気乗りではなかったらしく、部外者の必死の説得でやっとデートにこぎつけたり、「外交官として仕事をするのも、皇族として仕事をするのも国を思う気持ちに変わりはないはず」とプロポーズする天皇に対して「ちょっと考えさせて」と言わんばかりに返事に2ヶ月も要したりしてます。
ちなみに、最初は断るつもりだったんだそうです。

いやいや、相手天皇ぞ?天皇ぞ?
まぁ、皇族になるということに当たって、色々と不安もあったのでしょうね。
世界最強レベルの”焦らし”ですな。尚、この間に雅子様は返事に迷い、10日間ほど仕事を休んだ経緯もあるそうです。

しかし皆さんご存知の通り、最終的には雅子様は結婚を受諾します。令和の天皇(当時はまだ皇太子)からの「皇室に入られることにはいろいろ不安もおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」という言葉で決意を固めたと後に述べています。なんともステキな言葉ですね。

令和天皇

引用元:時事ドットコム

令和の天皇には愛子様しかいない

令和の天皇が正式に天皇の座を継いだところで、次の皇太子は誰になるの?と思った方もいるかもしれません。結論から言うと、皇太子の座は空席となります。
皆さんもご存知の通り、令和の天皇には娘である愛子様しか子供がおらず、憲法で定める天皇典範には「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と記載されているので、皇太子には男しかなれないのです。

天皇の弟である秋篠宮様のところへ悠仁親王(ひさひとしんのう)が生まれたことで、皇位の継承権を得て、次の天皇は悠仁親王ということになりましたが、彼が生まれるまでは皇室典範を改変して女性天皇(愛子様)を正式に認めさせよう、という動きがありました。
元々、天皇の先祖である天照大神は女神である上、男女平等の社会になりつつある昨今と見比べても男性のみを優先するのは時代遅れ、とする考えが後押ししたようです。
しかし、結局は悠仁さんが生まれたことでこの議論は白紙になりましたが。

ただし、皇太子は『天皇の子』しかなることは出来ないと定められており、悠仁さんはあくまで令和の天皇から見て甥っ子になる為、皇太子ではない、というワケです。

まとめ

今回は天皇家についてダラダラとムダ知識をお送りしました。
イルルは昭和生まれですが、次の年号まで寿命は続くんでしょうか。

多分続かない